数珠の歴史

数珠の歴史(54) 女人成仏と法然

 法然の時代、女性が成仏できるどうか、ということは大きな問題でした。現代では考えられないような問題ですが、法然は女性でも成仏できると説いており、その時を生きる女性達に信頼されていました。今回は、法然の説法を聴聞しに行くので、数珠を作って欲しいと数珠屋の娘を訪ねてきた女性の物語です。

 四天王寺あたりの数珠屋の娘は小春日和のその日も数珠作りに励んでいました。数珠作りの手を少し休めたところ三人の女性が訪ねてきました。
「法然上人の数珠を作られているというのは、あなたでしょうか」
 年若い女性が数珠屋の娘に尋ねます。数珠屋の娘は法然の依頼で、法然の夢の中に現れた善導が持していたという数珠を作り(クリック)、つい先日も法然からの依頼で帰依する者のために数珠を作り(クリック)、さらに安房介が考案した浄土宗の重なる二連の数珠(クリック)を作っていました。
「はい、数珠作りをお手伝いしております」
「そうですか、お会いできて良かったです」
 若い女性は笑顔を数珠屋の娘に向けました。
「それで、今日はどのようなご用事でございますか」

 今度は年かさの女性が答えます。
「数珠を十連ほど作って頂けませんでしょうか」
「十連、でございますか」
まとまった数の数珠作りの依頼です。
「立春の日、吉水で上人の御説法があり、私たちの講で御説法を聴きに参る予定しております。その時、皆で新たに仕立てた数珠を持ちたいと願い参りました」
 法然の説法には、貴賤男女を問わず多くの人が集まりました。
「私たちは宮中にご縁があり、この度は吉水御房の床上にて上人のお話をお聞きできることになりました」
数珠屋の娘は思わず
「それは宜しゅうございますこと」と応えました。法然の説法を間近に聴けることは心が躍ることです。
「それでは、数珠の玉と糸をお選びください。奥に見本がございます」
店棚は狭い場所でしたが、奥には数珠玉や糸の材料が置いてあります。娘は三人を店棚の奥に招き、幾つかの箱の蓋を開けました。三人は箱の中を覗き「まあ、綺麗だこと」と一斉に声を上げました。
「ご自由にお選び下さい」と数珠屋の娘は三人に声をかけました。

 女性達は皆、それぞれに数珠玉を手にとって見ていましたが、三人とも菩提子の数珠を選び、房は好みの色を選びました。
「十連とも菩提子の数珠、房色はそれぞれ色違いということで、宜しいでしょうか」
「房色は仕立て上がった後、それぞれが選びます。ところで娘さん、数珠は六万遍でお願いできませんでしょうか」
「もちろんでございますが、なぜ六万遍なのですか」
「法然上人は、数珠を繰る時、普通の数珠で数えることなく数珠を繰ることは懈怠となるので、しっかりと数をとって念仏を称えなさいと言わてますので」
「そうでございますか。では六万遍の数珠をお仕立てします」

  立春の日、四天王寺の数珠屋の娘が仕立てた数珠を手にした女性達は、法然の吉水の庵を尋ね、法然の「女人成仏」の説法を聴き、涙を流し喜びました。その時の様子は『法然上人絵伝巻十八』に記されています。

「ある時、尼女房どもが連れだって吉水の御房に参った時、女性でも念仏さえ称えれば、極楽往生できるというのは、本当のことでございましょうか、と上人に尋ねられると、上人は『阿弥陀如来となられた法蔵菩薩の第十八願は疑いないことで、女人も成仏できるということは真に有り難いことです』と仰せになり、尼女房は歓喜の涙を流し、さらに浄土門に深く帰依したのでした」

 また『法然上人絵伝第二十二巻』には数珠を持ち念仏を称えるにあたって「念仏の数は要ではありませんが、だらだらと念仏を称えることは懈怠の因縁となりますので、数を取れる数珠をお勧めします」とも記されています。