数珠の歴史

数珠の歴史(49)五百羅漢の数珠(6) 准胝観音菩薩・如意輪観音菩薩の数珠

《物語の始めに》 真言宗醍醐派総本山・醍醐寺(京都)に所蔵されている「清瀧本地両尊像(せいりゅう ほんじ りょうそんぞう)」には数珠を持つ准胝(じゅんてい)観音菩薩と如意輪観音菩薩が描かれています。 清瀧は元々、空海が唐から帰朝する際に、空海を護ったという善女竜王で、日本にやってきた後には清瀧権現となり醍醐寺の開祖となった聖宝により上醍醐に祀られるようになりました。今回は善女竜王と数珠屋の娘の物語です。「清瀧本地」の本地とは、日本にやってきた清瀧が日本では准胝・如意輪の両観音として出現した、という意味です。

 長安の都で、帰国する空海たちの遣唐使の一行を見送った数珠屋の娘は、「私はいつ戻ることができるのかしら」と不安と寂寞を感じていました。

 すると、突然後ろから声を掛けられました。
「寂しそうな姿だな。だが心配するな、おまえはわしと日本に向かう」
「羅漢様」
 インドからジャワを経て唐まで共に旅をしてきた羅漢が娘の隣に立ちました。
「空海様と共に、この唐から和の国日本に渡る女神がいる。女神は、お前に何か頼み事があるようなので、まずは彼女の住まう霊鷲山(りょうじゅせん)に向かう。娘よ、手を合わせて数珠を掛け、呪を称えよ」
娘の呪に合わせて羅漢は呪を称えると、激しい風に巻かれ体が浮いたことを感じました。娘は必死になって呪を称えながら、宙に浮いた体は虚空に向かって上昇してゆきます。
 どれだけ呪を称えたでしょうか。
「目を開けよ。霊鷲山に着いた」
 羅漢に言われて娘が目を開けると、そこには龍を体に巻き付けた女神が立っていました。
「よく来てくれた。私は善女竜王。これから羅漢とお前と共に和の国日本に向かう。私は和の国にて醍醐の山に住まうことなるが、そこでの身は清瀧権現そして准胝観音菩薩、そして如意輪観音菩薩。醍醐の地を護る仏となり、水を司り、衆生を救う身となる。あなたに頼みたいのは、和の国で准胝、如意輪の両菩薩が持つに相応しい数珠を作っていただくことです。」

「二つの数珠ともに、水精でよろしいですか」
「まかせます。菩薩様が持する数珠ですので、仏の教えを顕現する法具としての仕立てでお願いします」
「承知しました」
 善女竜王は続けて娘に語りました。
「数珠は自分の願いを叶えるだけのものではなく、衆生の祈りを受けとめ叶えるもの。菩薩様の自利利他の行いそのもの、ということも心の留めてください」
 

 娘は霊鷲山で、准胝観音と如意輪観音が持つ数珠を作りました。准胝観音が持する数珠は母玉が三玉という形にしました。完成した数珠を見ると善女竜王は満足そうに頷き、羅漢と娘に向かい微笑みました。

「それではこの数珠をいだき、空海様を護りながら、私たちも和の国日本に参りましょう」

 こうして数珠屋の娘は、和の国日本に戻ることになりました。

※准胝観音菩薩と如意輪観音菩薩は共に数珠を持つ観音です。腕の多い像のことを多臂像(たひぞう)と呼びますが、准胝観音菩薩と如意輪観音菩薩は、共に低い位置の手に数珠を持ちます。醍醐寺の「清瀧本地両尊像」に描かれる准胝観音菩薩が持する数珠は、実は紐状のもので、母玉を三つ具えるという不思議な数珠です。ここでは、水晶玉の数珠として描きました。